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横浜地方裁判所小田原支部 平成5年(ワ)163号 判決

神奈川県南足柄市塚原一一八九番地

原告

小川喜雄

右訴訟代理人弁護士

岡村共栄

岡村三穂

中込光一

三竹厚行

小沢弘子

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

中村正三郎

右指定代理人

小暮輝信

森口英昭

久保寺勝

石井鋼

小野雅也

須藤哲右

佐藤謙一

浅見光浩

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成五年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、板金工事業を営む原告が、国税調査官のした違法な税務調査(反面調査)により、私生活の平穏や信用を害され、精神的、経済的損害を被ったとして、被告に対し、国家賠償法一条に基づき損害賠償を請求した事案である。

原告が請求する一〇〇万円は、全損害三〇〇万円(慰謝料一〇〇万円、経済的損害二〇〇万円)の一部である。

一  争いのない事実

1  原告は肩書住所地で板金工事業を営んでいる白色申告の個人事業者である。

2  小田原税務署国税調査官菊島義昭(以下「菊島係官」という。)は、所得税法二三四条一項一条の質問検査のため、平成四年一〇月一三日、原告方を訪問した。

3  原告は、右質問検査に際し、菊島係官に対し、同席していた小田原民主商工会の関係者の立会を許すよう求めた。しかし、菊島係官はこれを拒絶し、右関係者の退席を求めた。

4  原告や小田原民主商工会の関係者と菊島係官との間で、立会を巡って議論がなされたが、互いに譲らず、菊島係官は、質問検査はできないとして、一〇分ないし一五分後に原告方を辞去した。

5  菊島係官は、同日以降反面調査の準備をし、約四〇〇か所の事業者等に対する反面調査を実施した。

二  争点

菊島係官のした反面調査は違法か。

(原告の主張)

1 反面調査は、調査の相手方が直接納税義務を負う者ではないうえ、納税者にとって取引先の信用を損ない、また、場合によってはその者の経済界における生命を断つ恐れもある調査方法であるから、過少申告を疑うに足りる相当な理由があるなど客観的に見てやむを得ないと認められる場合に限り、かつ、社会通念上相当と認められる方法で行うべきである。

2 菊島係官は、原告が立会人の同席を求めたことを理由に原告に対する帳簿等を中心とする質問調査を全くせずに反面調査を開始した。

質問調査は任意調査であるうえ、被調査者以外の者の立会を禁じた規定はない以上、被調査者の依頼した第三者が調査に立ち会うことは何ら違法、不当の問題を生じない。被調査者は、立会人がいることにより税務職員の不当な要求や行動をチェックすることができるし、立会人が被調査者の精神的な後ろ盾になることもある。

被告は第三者の立会を拒む理由として、税務職員の守秘義務を上げるが、被調査者が立会人の同席を求めている以上、被調査者の秘密の漏洩を考慮する必要はないし、被調査者の取引先の秘密については、仮に、立会人が被調査者の発言からこれを知り得てこれを他に漏泄しても、税務職員が守秘義務違反の責任を問われることはあり得ない。また、守秘義務を全うしながら税務調査を遂行することは可能である。

右のように、税務職員の側が立会人の同席を拒むことについては合理的な理由がなく、一方、被調査者が立会人の同席を求めることには合理的な理由があるのであるから、立会人の同席を拒否することは、税務職員に与えられた調査における裁量の範囲を逸脱するものというべきである。

したがって、菊島係官が、立会人が退席しない以上税務調査はできないとして、原告に対する質問調査をせずに開始した反面調査は、反面調査開始の要件を欠くものとして、違法というべきである。

3 特に本件においては、菊島係官は、立会人も原告も冷静かつ物静かな雰囲気で調査を受ける意思を明確に表示し、調査を懇請したにもかかわらず、守秘義務を理由に立会人が退席しない限りは調査に入らない旨主張し、帳簿の提示すら要求せず、かつ、原告等に対する十分な説得もせずに、わずか一〇分ないし一五分の滞在で調査をしないことを決定して原告方を辞去し、即、反面調査を開始したものであるから、反面調査の要件を欠くものであることは明らかである。

4 菊島係官は、原告方を訪問した当日の午後から、反面調査の調査先に送付する文書の作成を開始し、取引先金融機関については、大雄山線沿線か、原告宅から比較的近くに店舗を有する金融機関、仕入先照会は小田原税務署管内の板金工事の材料店、収入先照会は木造建築を営む南足柄市内、小田原市内の業者で、個人と収入金額一〇〇〇万円以上の法人ということで約四〇〇か所に照会文書を送付しているが、四〇〇件という数字は原告の事業規模からすると途方もなく多い。

反面調査の相手方は、その性質上、社会通念上被調査者と取引があると推認できる合理的な根拠のある者に限定されるべきであるが、菊島係官のした前記反面調査は右のような合理的な推認の及ばない者に対する照会も含んでいることは明らかである。

更に、被調査者に対する照会文書は、「あなたの取引先である・・・小川喜雄・・」と照会先を原告の取引先であると断定して作成しているが、これは被調査者に原告に対する不信を植え付けるもので、相当性を欠く。

5 以上のとおり、菊島係官のした反面調査はその必要性、方法において裁量の範囲を逸脱しており、違法というべきである。

(被告の主張)

1 申告納税制度のもとにおいては、納税者は単に自分で任意の所得金額や税額を申告書に記載して申告し、その税額を納付してしまえばよいというものでなく、税法に定めるところに従い正しい所得金額や税額を申告しなければならないし、税務署から求められれば、申告の内容が正しいことを説明しなければならない立場にある。一方、税務署長は、税法に従って適正公平な課税を実現する使命を有し、そのための手段として、所得税法二三四条一項は、税務職員が所得税の調査に必要なとき同項各号に掲げる者に対し、質問検査をなし得ることを定めている。

2 所得税法二三四条一項にいう「調査について必要があるとき」の具体的内容については実定法上特別の規定が置かれていないが、調査は国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現するためにあるものであることからすると、課税権者は適正な租税負担の実現のため、過少申告の疑いが存する場合のみならず、そのような疑いが当初から明らかでない場合でも、申告の真実性、正確性を確かめるため、調査を行い得る。また、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目は、質問検査の客観的必要性と相手方の利益とを衡量して社会通念上相当な限度に止まる限り、これを権限ある税務職員の合理的な選択に委ねている。

3 原告は、平成元年分の所得税につき、総所得金額を三一四万四二一六円、申告納税額を一一万九四〇〇円、同二年分の所得税につき、総所得金額を三一〇万八三三九円、申告納税額を一一万七二〇〇円、同三年分の所得税につき総所得額を三二一万九八六四円、申告納税額を一三万三六〇〇円と記載した確定申告書を、それぞれ法定申告期限内に小田原税務署長に提出した。しかしながら、原告は右各申告書の所得金額の計算欄に事業所得の所得金額を記載したのみで事業所得に係る総収入金額を記載せず、また、事業所得に係る総収入金額及び必要経費の内容を記載した内訳書(所得税法一二〇条四項)を右各申告書に添付しなかった。小田原税務署長は、原告の所得金額を計算するための収支内訳が不明であることから、原告の右各年分(以下「本件各年分」という。)の申告内容の適否について調査する必要があると認め、菊島係官に調査を命じた。

なお、小田原税務署長は、原告に対し、本件調査以前にも昭和五五年分ないし昭和五七年分の所得税に係る調査を行ったが、その調査の結果、原告は右各年分の所得税につき所得金額及び税額をいずれも過少に申告していたことが判明したので、右税務署長は原告に対し、右各年分の所得税について修正申告書の提出を慫慂し、原告は昭和五八年一一月九日に右各年分の所得税についてそれぞれ修正申告書を提出した。

4 菊島係官は、平成四年九月三〇日、質問検査のため原告方へ無予告で臨場したが、原告が留守であり、居合わせた原告の二女は事業内容を知らないということであったので、「本件各年分の所得税調査のため臨場したが不在であったので、同年一〇月二日午前一〇時に再度伺う。」旨記載した不在票を二女に渡し、原告方を辞去した。同月一日、原告の長男小川勝也(以下「訴外勝也」という。)から菊島係官に対し、同月二日は都合が悪いので調査を同月一三日午前一〇時に変更して欲しい旨の電話連絡があり、同係官はこれを了承した。同日午前一〇時、菊島係官が原告方に臨場した際、原告のほか荻島、吉田、市川と名乗る三名の者が、案内された八畳間に待機していた。菊島係官は、原告に対し、調査に関係のない者が同席している場では税務署員に課せられた守秘義務を全うすることができない旨説明し、調査に関係のない第三者は退席させ、帳簿書類を提示するよう再三にわたり説得した。しかし、訴外勝也及び荻島らは「関係なくない。いつも一緒にやってもらっている仲間だ。」、「どの法律に立ち会いが認められないなんて書いてあるんだ。」、「守秘義務はあんたにあるんだろう。」、「みんな仕事休んで来てもらっているんだ。日当を払ってくれ。」などと口々に発言した。菊島係官はその間も原告に対して、説得を繰り返し行ったが、原告はこの間一言も発言することなく、同係官の調査に協力する姿勢を示さなかった。菊島係官は、このような状況ではこれ以上の調査の進展を図ることは無理と判断して、原告に対し、調査に協力してくれないのであれば独自に調査を開始せざるを得ない旨告げ、午前一〇時一五分原告方を辞去した。

5 菊島係官は、原告の本件各年分の事業所得に係る収入金額等を確認することができなかったので、収入金額を把握すべく、やむを得ず、小田原市内及び南足柄市内において、専ら木造の建築工事業を行っていると認められる法人及び右麹行を営んでいる個人のうち事業所得に係る収入金額が一〇〇〇万円以上の者に対して、原告との取引内容を照会することとし、その旨の文書を小田原税務署長名で送付した。

6 以上のとおり、原告の本件各年分の所得税については原告の申告内容の適否を判断する必要があると認めるに足りる客観的事情があったから、調査の必要はあり、また、税務調査における質問検査の方法は権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられており、調査担当者が第三者の調査立ち会いを拒否することについては、必ずしも積極的な理由を必要とするものではなく、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したと認めるべき特段の事情がない限り違法とはいえないところ、菊島係官は、調査に関係のない第三者を立ち会わせることにより税務職員に課せられた守秘義務を全うすることができず、また、税理士資格のない者の立会を容認することは税理士法違反となる可能性があるとして、第三者の立会のないところでの調査協力を依頼したものであって、右は税務職員に与えられた合理的な裁量の範囲内の行為であり、何ら、違法はない。そして、納税者が帳簿書類を提示せず、事業内容に関する質問に答えないなど、調査に対し協力しない場合は、納税者の収入及び経費の内容はおろか取引先さえ全く不明となり、申告所得金額が正しいか否かの確認は困難を極める。また、推計課税の方法による課税を行うについても、推計の基礎となる納税者の収入などの金額は、可能な限り正確に把握する必要がある。そこで、反面調査の必要があるが、取引先となりうる者が広範囲に及んでいるうえ、納税者が協力しないのであるから、反面調査の範囲は自ずから広がらざるを得ない。菊島係官の反面調査には違法はない。

第三争点に対する判断

一  争いのない事実及び証拠(甲一、三、一五、乙二、証人小川勝也、同吉田好夫、同菊島義昭)によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和三九年から肩書住所地で板金工事業を自営し、現在の従業員は長男である訴外勝也のみである。原告の事業の帳簿は、訴外勝也が付けている。原告は、約二〇年前から小田原民主商工会に加入し、近隣の業者とともに小田原民主商工会南足柄支部の岡本班を構成し、班組織で活動している。確定申告時には、班の全員が集まり、民主商工会の役員や事務局員の援助を得て、各会員が自ら自主計算を行い、申告書を作成している。

2  原告は、昭和五八年に、昭和五五年分から昭和五七年分の所得税に関し税務調査を受け、昭和五八年一一月九日、右各年分の所得税につき修正申告書を提出した。右税務調査の際には、民主商工会の事務局長や、支部長が立ち会った。

3  原告は、平成元年分の所得税につき、総所得金額を三一四万四二一六円、申告納税額を一一万九四〇〇円、同二年分の所得税につき、総所得金額を三一〇万八三三九円、申告納税額を一一万七二〇〇円、同三年分の所得税につき総所得額を三二一万九八六四円、申告納税額を一三万三六〇〇円と記載した確定申告書を、それぞれ法定申告期限内に小田原税務署長に提出した。しかしながら、原告は右各申告書の所得金額の計算欄に事業所得の所得金額を記載したのみで事業所得に係る総収入金額を記載せず、また、事業所得に係る総収入金額及び必要経費の内容を記載した内訳書(所得税法一二〇条四項)を右各申告書に添付しなかった。小田原税務署長は、原告の所得金額を計算するための収支内訳が不明であることから、原告の申告内容の適否について調査する必要があると認め、菊島係官に調査を命じた。

4  菊島係官は、上司から事前連絡をせずに調査するよう指示されたため、平成四年九月三〇日、原告方をいきなり訪問した。しかし、原告は不在であったため、菊島係官は応対に出た、原告の二女のり子に、平成元年分から平成三年分の所得税の税務調査のため臨場した旨を伝え、原告の事業の内容、取引先、取引銀行の概況を尋ねた。しかし、のり子は原告の事業の内容は全く分からないと述べたため、菊島係官は、同年一〇月二日午前一〇時に再度本件各年分の所得税の調査のため来訪する旨記載した不在票をのり子に手渡し、その旨の伝言を依頼した。原告は、のり子から税務調査が一〇月二日に行われるとの話を聞いて、小田原民主商工会に連絡をし、小田原民主商工会の構成員や事務局員が調査に立ち会うことが可能な日を選んだうえ、同月一日ころ、訴外勝也をして、同月二日は都合が悪いので同月一三日に調査を変更して欲しい旨の電話連絡をした。その際、菊島係官は、事業の概況の説明を求めたが、訴外勝也は、一三日の調査の際に全て話すということで、一切応答しなかった。

5  原告の依頼により、小田原民主商工会では、平成四年一〇月一三日に予定されている原告に対する税務調査の立会のため、事務局員の吉田好夫、小田原民主商工会副会長荻島東海夫、小田原民主商工会南足柄支部岡本班所属の市川花子を原告宅に派遣した。原告と訴外勝也は、平成元年から平成三年までの請求書、領収書、見積書、貯金通帳、確定申告書の控え、日計表等の書類を用意して、荻島ら三名の小田原民主商工会の関係者とともに原告方八畳間で税務調査を待った。

同日午前一〇時、菊島係官が原告方を訪れたが、原告や長男以外の荻島ら三名が同席する構えであることを認め、同係官は原告に対し、調査に関係のない者が同席している場では税務署員に課せられた守秘義務を全うすることができないことを理由に荻島ら三名のものを退席させるよう求めた。しかし、訴外勝也及び荻島ら三名は、「関係なくない。いつも一緒にやってもらっている仲間だ。」、「どの法律に立会が認められないなんて書いてあるんだ。」、「守秘義務はあんたにあるんだろう。」、「みんな仕事休んで来てもらっているんだ。日当を払ってくれ。」などと口々に発言した。菊島係官はその間も原告に対して、説得を繰り返し行ったが、原告はこの間一言も発言することなく、同係官の調査に協力する姿勢を示さなかった。菊島係官は、このような状況ではこれ以上の調査の進展を図ることは無理と判断し、原告に対して、調査に協力してくれないのであれば独自に調査を開始せざるを得ない旨告げ、午前一〇時一五分ころ原告方を辞去した。

6  菊島係官は、原告の本件各年分の事業所得に係る収入金額等を確認することができなかったので、収入金額を把握すべく、小田原市内及び南足柄市内において、専ら木造の建築工事業を行っていると認められる法人及び右工事業を営んでいる個人のうち事業所得に係る収入金額が一〇〇〇万円以上の者に対して、原告との取引内容を照会することとし、その旨の文書を小田原税務署長名で送付した。照会書の文面は、「あなたの取引先である・・・小川喜雄様の税務調査の参考にしたいと思いますので・・ご回答ください。」というものであった。

7  同月一五日ころから、原告方には、取引がないのに税務署からの照会が来たとか、何か悪いことをやっているのではないか等という苦情の電話が殺到した。

二  所得税法二三四条の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度に止まる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解される(最高裁昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五頁)。

そこで、以下、菊島係官がした、原告方における質問検査の打ち切り、反面調査への移行、反面調査の方法が、調査の必要と相手方の私的利益との衡量という観点からして、税務職員に与えられた裁量を濫用ないし逸脱したものといえるかについて検討する。

まず、前記認定の事実によれば、原告は、昭和五八年に、昭和五五年分から昭和五七年分の所得税に関し税務調査を受け、昭和五八年一一月九日、右各年分の所得税につき修正申告書を提出した経過を有する者であるところ、原告は、平成元年の所得税につき、総所得金額を三一四万四二一六円、申告納税額を一一万九四〇〇円、同二年分の所得税につき、総所得金額を三一〇万八三三九円、申告納税額を一一万七二〇〇円、同三年分の所得税につき総所得額を三二一万九八六四円、申告納税額を一三万三六〇〇円と記載した確定申告書を、それぞれ法定申告期限内に小田原税務署長に提出したが、原告は右各申告書の所得金額の計算欄に事業所得の所得金額を記載したのみで事業所得に係る総収入金額を記載せず、また、事業所得に係る総収入金額及び必要経費の内容を記載した内訳書(所得税法一二〇条四項)を右各申告書に添付しなかったというのである。

ところで、質問検査権は、所得税の適正公平な賦課徴収を図るために税務職員に与えられた権限であることは制度上明らかであるから、未だ過少申告を疑わせるような事情が認められないような場合であっても、申告の真実性、正確性について税務職員が判断しかねるようであれば、質問検査の必要があるというべきである。

そうであれば、本件のように、事業所得に係る総収入金額を記載しないばかりか、事業所得に係る総収入金額及び必要経費の内容を記載した内訳書を各申告書に添付せず、また、過去において原告が税務署長の指導により修正申告をしたというような事情があれば、質問検査の必要性は優に認めることができる。

次に、反面調査を開始したことについて検討する。

前記認定の事実によれば、菊島係官は、荻島、吉田、小川が同席しているのでは原告に対する質問検査ができないとの姿勢を崩さず、一方、原告は荻島ら立ち会いの下でなければ、質問検査に応じないとの態度に出、立会を巡り、双方とも妥協することのないやり取りを続けたのち、菊島係官はもはや原告に対する質問検査はできないと判断し、一〇分ないし一五分で原告方を辞去したうえ、原告に対する立会人抜きでの質問や帳簿等の調査は今後とも期待できないと考え、反面調査を開始したというのである。

ところで、反面調査は、納税者の取引先や納税者の周辺の事業者に、納税者が税務署から過少申告等の疑いをかけられているのではないかとの印象を与えかねないものであるから、反面調査の開始、方法については一定の配慮が必要であることはいうまでもないが、前示のとおり、質問検査権は所得税の適正公平な賦課徴収を図るために税務職員に与えられた手段で、過少申告を疑う相当な理由がない場合でもその権限を行使できるものであるから、納税者から全く税務調査の資料が得られない本件のような場合に、適正な所得金額の把握のため反面調査の手段を選択することは税務職員に与えられた裁量の範囲内の行為というべきである。これにより、原告の取引先あるいは関連業者等に原告の過少申告等の印象を与えることがあっても、右のような不利益は、立会人の同席を許さなければ質問検査に応じないという態度に終始した原告において受忍すべきものである。

原告は、菊島係官が調査資料を獲得できなかったのは、理由もなく立会人の退席を調査の前提にしたためであり、そのことによる資料不足を反面調査の理由とすることはできないと主張する。しかしながら、実定法上、質問検査の際、納税者に第三者の立会を求める権利は与えられていないうえ、質問検査の過程での税務職員と納税者とのやり取りにより納税者や納税者の取引先の秘密が立会人に漏れるというのは相当でなく、立会人に秘密が漏れないよう質問検査をするというのでは十分な調査ができないこともありうるし、また、税理士法違反の危険があることも否定できないから、第三者の立会を認めず、第三者が退席しない限り、調査に入らないということも税務職員として十分理由のある選択であるといえる。してみると、原告が主張するように、立会人がいることに、不当な調査を防止できるとか納税者が支えられるという納税者の側の利益があるとしても、立会人が退席するまでは質問検査に入らないということが税務職員に与えられた裁量を逸脱したものということはできず、原告の右主張は採用できない。

次に、本件における反面調査の方法について検討する。

原告は、反面調査の対象は原告の取引先のみならず、約四〇〇か所にも上るものであるが、これは反面調査において許された限度を超える数で、税務職員に与えられた裁量を逸脱していると主張する。しかしながら、原告については過去に調査した資料があるとはいえ、現在の取引先については全く資料がない以上、相当な範囲で、建築業者等板金工事業者の取引先となりうる業者について反面調査をせざるを得ず、その数が四〇〇か所に上ったからといって直ちに違法の問題は生じない。

また、原告は原告方における質問検査をわずか一〇分程度で打ち切り、直ちに四〇〇か所の反面調査を行ったことには裁量権の逸脱があると主張する。しかしながら、原告及び訴外勝也の立会人同席の要求は強く、容易なことでは立会人の退席による調査を納得させることはできなかったことは、前記認定のやり取りから明らかであるから、原告方にいた時間が一〇分ないし一五分であったからといって、裁量を逸脱したということはできない。

反面調査に使用した照会書に、一律に「あなたの取引先である・・・小川喜雄様の税務調査の参考にしたいと思いますので・・ご回答ください。」と記載したことも、客観的には取引先でない事業者に照会することがあり得るから相当性に疑問があるが、そのことが直ちに裁量の逸脱ということにはならない。

三  以上によれば、菊島係官のした反面調査には違法がないというべきである。

第四結論

菊島係官の反面調査に違法がない以上、原告主張の損害の有無等について判断するまでもなく、本訴請求は理由がないことになる。

よって、原告の本訴請求を棄却して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本博)

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